286.いつか行ってみたい場所

「いつか、いってみたい場所があるんだ。」

 顔に本を被せて寝ていたはずの彼が、唐突にそっと呟いた言葉。
 体操座りで縮こまって本を読んでいた雛森が驚いて顔を上げると、彼女の手の中の本が落ちた。

「どこに?」

 滅多に自分の話をしださない彼が急にそんなことを言い出したので、雛森は少しドキドキしながら聞き返した。
 しかし、返って来たのは少しわざとらしい寝息。

「もぉ…。」

 結局相変わらずで、少し拗ねた声を出してみるが、追求はしなかった。
 ソファに寝転がった彼は、どうも本気でまた寝だすつもりのようだったので、彼女も本に目を戻した。


 彼が夢の中で何処に立っているのか、彼女は知らない。


287.扉

 ぎぃっ
 錆びれた扉が奇妙な音を奏でる

 その少しばかり不快な音が好きだ。
 少しばかり不快で、少しばかり安堵させ、少しばかり聞きなれた音。

 かしゃん

 鍵が落ちた。

 扉が、この優しい扉が、俺以外の前で二度と開くことが無いように。


288.cat walk

 そろり、そろりと近づいてくる。
 音を立てないように、とてもとても気を遣って、ゆっくり、ゆっくり。

「なにやってんだお前」
「ひあうう?!」

 振り返れば、肩を竦めて硬直している彼女がいる。手は、「だあれだ」をする準備状態。
 副隊長として、いくら足音を綺麗に消したってだだもれの霊圧では意味がないことぐらい、いい加減気付いていただきたい。

 引きつった笑顔で、バツが悪そうにえへっと笑ったその頬を思いっきり両側に伸ばす。

「ふにゃあああ、ごふぇんなふぁいいい!いふぁい、いふぁいいい!」

 半泣きで言語からかけ離れた奇声を発し、べちべちと手を叩いてくる。
 不細工な顔だ。なんていったら、本気で怒られるのでやめておく。


 暖かい日差しの中の、優しい一日。


289.わんこ

 おまえは猫か。鼻を幸せそうにこすりつけてくるその犬の鼻先を撫でてやる。
 もうなかなかいい歳のその老犬は、尻尾を優しく振ることで僕は幸せだよとアピールしてくる。
 全身で、心を込めて。

「ほんとに日番谷君、動物に好かれるね」

 笑いながら響いたその台詞と共に、彼女が姿をあらわした。
 老犬は彼女にも鼻をひくつかせ、お久しぶりの挨拶をする。もちろん尻尾を振って。
 そうすると彼女は嬉しそうに老犬の耳の後ろを掻いてやる。
 だから少しだけ照れくさいことをしてみる。

 「きみにあえてしあわせだよ」と、心を込めてアピール。
 しっぽは生えていないから、瞳で。

 君が、嬉しそうに笑ってくれた。


290.日記

 5月3日(金)

 生まれて2回目。
 彼の涙を見ました。

 ごめんねという言葉しか思い浮かばなかったことが、とっても悲しかったです。
 でも、ちょっと、嬉しかったよ。
 明日、あたしは折角のおやすみなので、クッキーでも焼こうかとおもいます。
 砂糖控えめにしたら、食べてくれるかな。お昼に差し入れできるように、早く起きようと思います。
 おやすみなさい。










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