296.魚
「凄い、凄いよ!見てよ日番谷君、これこれ!」
きゃいきゃいとはしゃぐ雛森を見て、日番谷は緩く笑った。
半年ぶりの連休に訪れた水族館を、どうやら彼女は大いに気に入ってくれた様子だった。
自由奔放に動き回る魚達を愛しそうに見つめている彼女を横目で見る。
次にこんな休みがとれるのは、一体何年後だろうか。
何処にでもある筈のこの幸せが一生続く事を、心から願った。
297.メッセージ
君に届けよこのメッセージ。
心から叫んだメッセージ。
気付いて、気付いて、気付いて。
僕はここにいるよ。君の傍に、君の隣に。
298.トレイン
走る列車を追いかけた。
30秒ももたずに、息が上がる。
苦しくて苦しくて仕方ないのに、それでも足は列車を追いかける。
徐々に離れていく窓に映る君の泣き顔を、目に焼き付けようと、俺はやっぱり走った。
彼女に確かに見えてるのだろうか、俺の姿は。
いくら距離を離されても、列車が地平線に消えるまで、俺はただひたすら走りつづけた。
君のこれからの旅路を心から祝うことなんて、俺には出来はしないから。
299.高層ビル
高層ビルの立ち並ぶ都会に、死覇装の男達と三匹の虚。
なかなかシュールな絵柄である。
一振り、刃が下ろされる度にその奇妙な仮面は割れ、虚は消え去ってゆく。悲しみの悲鳴と共に。
オフィス街の光は未だ弱弱しくも光っている。
残業を終えた男達が、ちらほらと帰路へと着いている。
三匹の虚は、あっという間に消え去った。
木霊する断末魔を最後まで聞かずに、扉を開く。
いつか彼らがまたこの世へと返って来る時には、どうか、過ちを犯さぬよう。
淡く緩く、そして強く願った。
300.練習中
「ていっ!」
どうしてもうちょっと気合の入った掛け声が出来ないのか。日番谷は、思わず呆れながらその練習試合を観戦していた。
それでもまあ、流石は副隊長の貫禄というところか。ちょっとやそっとの事では遅れは取らない。
ひやりとさせられたり、ほほうと感心させられたりと忙しい。観戦側としては質の良い試合だ。思わず綻ぶ。
ふと、彼女がこちらを見て目を見開いた。
止まった一瞬の動きを突いた相手の刃が雛森の耳元を掠める。
慌てて集中しようとしているが、意識はあからさまに観客席に向けられている。
真っ赤になった彼女の振るう刃は、最早戦略もなにもあったものではなかった。
ギャラリーを気にするなんて、余裕じゃねえか。
いくら押しとどめようとしても深くなる笑みを、日番谷はそっと袖で隠した。